所有格
もちろん、セイバーは物なんかじゃない。
サーヴァントである前に女の子だし、可愛い面が沢山あることを俺は知ってる。
それでも、ことあるごとに聴こえてくる
遠坂の言葉は、くすぐったく響いて。
決して本人の前では言っていなかったけれど、「わたしのアーチャー」その響きがなんだか羨ましかった。
ようするに、一度でいいから言ってみたいと思ってしまったわけだ。
「俺のセイバー」って。
そんな場合じゃないっていうのに、場違いなことを思い出した。
目の前に居るのは、金の悪趣味な鎧に身を包んでいたサーヴァント――今は黒ずくめのライダースーツに身を包んでいたけれど、とにかく奴には違いない。セイバーは奴のことをアーチャーと呼んでいた。当然、遠坂のサーヴァントだった赤い外套の騎士ではない。セイバーはそいつのことを10年前の聖杯戦争で出会ったと言っていた。
彼女や遠坂には心配をかけるといけないと黙っていたけれど、実は奴とはもう何度目の迎合になるのか知れない。
緋色の瞳を歪め
「またお前か、雑種」
唾でも吐き捨てるように慇懃に言ってのけた。
「なんだ、
我に何か用でもあるのか?」
「用も何も、俺は買い物に来ただけだ。それより、お前の方こそなんでこんなところに居るんだよ」
「ふ、つまらぬことを聞く。我は何もかも思い通りになってしまってな、時に退屈になってしまうのだよ。たまには庶民のように働いてみるのもいいかと、ただそれだけのこと」
「おい、目を離すと危ないだろ。折角のコロッケが焦げる」
俺の言葉を聞いているのか聞いていないのか、ぐつぐつと煮えたぎる油壷には目を向けるでもなく、男は、
「で、何だ。我の揚げたコロッケの虜にでもなったのか? それとも――」
額に浮いた汗を掌で拭い、口の端に笑みを含ませ、
「セイバーを我に渡す気になったのか? まぁ、アレは元々我のものだが」
俺の目を真っ直ぐに射抜いた。
「そんなわけないだろ! 俺はただ」
事実、その男の揚げたコロッケは不味かった。彼がバイトをはじめてからのソレといえば、佐藤精肉店の評判を地に落とすには十分の炭の塊でしかなく。思わずアドバイスしたいと思ってしまったということを虜と言えば、確かにそいつの言う通りだったけれど。
問題はそんなところにはない。
まるで自分の所有物のように彼女の名を出す奴に、
「お、お、」
「なんだ、聞くだけなら聞いてやろう」
場違いなことを思い出した。
“俺のセイバーに手を出すな!”喉元まで競りあがった言葉を必死で飲み込む。
彼女は決して物なんかじゃない。 俺までそんなことを言ってしまったら、目の前にいるこいつと同じになってしまう。
「なんだ、反論すらできないのか。我が少しでも気にとめてやったというのに、こんなつまらぬ男なぞ、じきにセイバーの方から愛想を尽かす。我の前に跪くのも時間の問題ということだな」
その言葉に、俺の理性は溶けきってしまった。
目をぎゅっと瞑り、力果てるまで心に浮かんだただひとつの言葉を叫ぶのみ。
「お、おのれセイバー!」
言ってしまってから、何かがおかしいことに気付いた。
恐る恐る顔を上げると、
「雑種、……そんなにも我のことを」
なぜか緋の瞳を持つ男は、頬を赤く染めていた。
ちょっと待った。今、俺なんて言った?
自分が口にしてしまった言葉のおぞましい響きに、後ずさる。
「そう、だったのか。我がセイバーのことばかり口にするのが、耐えられなかったんだな」
確かに彼女のことを口にされるのは嫌だったけれど、それは断じて違う。違うぞ。
「シロウ、今の言葉は――どう受け取ったらいいのですか?」
聞き覚えのある声が、背に向けられた。
振り返らなくても分かる。嫌な予感が的中していることを。
「セイバー、そう雑種を責めるな。雑種は我を思うあまり、恋敵であるお前を憎く思ってしまっただけのこと」
「私はシロウに聞いているんです。アーチャー、あなたに聞いているのではありません!」
くらくらする。
「どうなんです、シロウ! シロウ、聞いているんですか!」
肩を鷲掴みにされ、前後に揺すられる。
そのまま脳みそがシェイクされる感触に囚われたまま、俺の意識はそこで途切れた。
【DEAD END?】
タイガー道場 第X回
「あー、セイバーちゃんに揺すられたまま死んじゃったわね、シロウったら。敗因は何だと思うイリヤちゃん」
「ずばり、言葉の間違いね。だけど普通、“俺の”と“おのれ”なんて間違える? シロウってひょっとしたらそっちのケがあったんじゃない?」
「ま、まさか。士郎、お姉ちゃんあんたをそんな子に育てた覚えはないわよ!」
ああ、胴衣姿の藤ねえと、ブルマーのイリヤ。現実逃避故の幻が見える。
けれど、彼女がそんなオチで許してくれるわけもなく、
「帰りが遅いので迎えに来てみれば……アーチャーと逢引とは……。 貴方は自分がしていることの重大さを分かっているのですか? ――帰ったらたっぷり、先ほどの言葉について追求させていただきますから」
帰り道。
首ねっこをつかまれ、文字通り引きずられながら、これからの自分の行く末を呪った。
【END】
脳みそ沸いててごめんなさい。
阿呆でごめんなさい。
生まれてきてごめんなさい。
だって、ロマンだと思ったのよ、所有格。
凛がことあるごとに「わたしのアーチャー」というのがツボでね。HFでは言峰まで
「私のランサー」とか言い出すじゃない。だったら士郎だって、ということで。
……だったらどうして士ギルなのかと問われたら困るのだけど。
いくら過疎化サイトでFateコンテンツもひっそりとしかないとはいえ、あんまりにもあんまりな内容。結局私は駄目人間だということを露呈しただけだね……精進したいものです。
あー、ギルさまをもっとアホ可愛く書きたいなー。
……精、進?
(2004.6.12)